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【報ステ】長崎原爆の日・・・二重被爆者の特別な思い(19/08/09)

【報ステ】長崎原爆の日・・・二重被爆者の特別な思い(19/08/09)

長崎は9日に被爆から74年となる『原爆の日』を迎え、平和祈念式典で長崎市の田上市長は「原爆は“人の手”によって作られ、“人の上”に落とされた。だからこそ、“人の意志”によってなくすことができる」と訴えた。安倍総理は「核兵器国と非核兵器国の橋渡しに努め、双方の協力を得ながら対話を粘り強く促し、国際社会の取り組みを主導していく」と述べた。広島と長崎で二度の被爆を経験した福井絹代さん(88)は、特別な思いで平和祈念式典を見ていた。1945年8月6日、広島市で暮らしていた福井さんと弟・国義さんは被爆。2人は列車に乗って長崎に住む母親のもとを目指したが、そこでまた被爆した。母親は1971年に亡くなり、長崎の原爆死没者名簿に名前が記載されている。福井さんと国義さんは広島での被爆のみが認定され、亡くなった後は広島の死没者名簿に記載されることになる。しかし、福井さんは2年前の国義さんの死をきっかけに2人の名を長崎の名簿に刻みたいという想いが強くなったという。名簿だけでも母親と弟を一緒にさせてあげたかったからだという。ただ、そのためには長崎での被爆を証明する必要がある。国義さんは手記を残していて、そこには2人が原爆投下直後、長崎で生き抜いた日々がつづられていた。この手記などから2人とも長崎での被爆が認められた。平和祈念式典を自宅で見ていた福井さんは「死んだら、私も名簿に(名前が)入るんだな」と語ったうえで、「核はあってはいけない。二度とああいう姿は見たくない」と話した。
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ゆーらんくん
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