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海に消えた姉たち、ランドセルは戻ったが 学童疎開船の対馬丸

海に消えた姉たち、ランドセルは戻ったが 学童疎開船の対馬丸

学童疎開に向かう途中で対馬丸とともに海に消えた姉2人のことを、両親は語らなかった。そして遺品となったランドセルが残った。
 外間邦子さんの母・ツル子さんは、明治44年生まれ。笑顔の写真を見た記憶がない。父・宏栄さんは沖縄県庁に勤め、冗談をよく言う人だった。その父でさえ死んだ姉たちのことは話題にしなかった。
 母33歳、父35歳。1944年の夏に事件は起きた。サイパンが米軍に占拠され、次は沖縄が戦場になるとみた政府は、沖縄から本土への疎開を閣議決定した。外間さんの両親は長女の美津子さん(当時10)、次女の悦子さん(当時8)を九州をめざす「対馬丸」に乗せることを決めた。外間さんは幼く、疎開学童には含まれなかった。
 8月21日、対馬丸は約1800人を乗せて出港。翌22日夜、魚雷攻撃を受けて炎上し、鹿児島・悪石島沖に沈んだ。氏名がわかっているだけで死者1484人(2018年8月現在)。うち、784人が疎開学童だった。その中に、外間さんの2人の姉もいた。
https://www.asahi.com/articles/ASM8604J9M85UEHF01B.html

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チャンネル:朝日新聞社

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